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一生に一度だからこそ [本]

41歳で「肺カルチノイド」という病気で亡くなった金子哲雄さんの遺作。一度危篤状態になったのをキッカケに本を書くことを思い立ち、亡くなるまでの一ヶ月で書き上げた作品。


僕の死に方 エンディングダイアリー500日 (小学館文庫)

僕の死に方 エンディングダイアリー500日 (小学館文庫)

  • 作者: 金子 哲雄
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2014/02/06
  • メディア: 文庫



自分の命が残り僅かであることを知ってから書かれた本は結構あると思うが、本作はいろいろと考えさせられた。


本作は闘病記というジャンルに入るのかもしれないけど、正直、そこはあまり強調されていないと思う。もちろん「肺カルチノイド」という病気の事をより多くの人に知って欲しいというのもあり、病気に対して自分がどういう施策をとり、どういう経過を辿ったのかというのを仔細に記述している。

また、病名を告げられてから医師や病院から自分が受けた仕打ちに関しても隠すことなく書いている。治らない病気に対しては関わりを避けたがる医師たち。一方で、少しでも可能性のある方法があればそれを試してみようと手を差し伸べ、自らリスクを取って全力を尽くす医師や病院関係者たちもいる。そんな人達にも同じようにページ数を割き、その対応を讃え、感謝している。

闘病の悲壮感がないのはおそらく、ここに怒りがないからだ。いや、実際にはあったのだろうが、それをあえて抑えて淡々と事実ベースで記述している。気持ちの浮き沈みに人間らしさを感じる、その一方でとても読みやすいのは、きっと怒りの感情が抑えてあるからだと思う。

そして病気に対して「負けるものか」というのもあまり前面に出てこないのも印象的。告知の段階で「いつ亡くなってもおかしくない」と言われているのもあるかも知れないが、病魔に対して闘うという風ではない。

闘病でないとすると何か。著者は、限られた時間の中でいかに自分らしく生きたのか、その生きざまを書いているのだと思う。金子哲雄という人の生きざまを淡々とレポートし、それを正しく正確に伝えている。それがジャーナリストとしての使命だし、それがお世話になった人へのお詫びでもありお礼でもあると考えていたのではないかなと思う。

そう考えて全体を眺めてみると確かに納得が行く。第1章で小学生や高校生の頃のエピソードを紹介したり、流通ジャーナリストになった経緯を書いているのも、金子さんが何に心惹かれて、何に打ち込んで、物事をどう捉えどう考えるのか、それを読者にまず知って欲しいからかなと思う。

それがあるからこそ、「仕事を続ける」という決断が腑に落ちてくるし、奥さんや事務所の反対を押し切ってそれを通した意味がわかってくる。単に病気から目を逸らす為に働くということではなく、自らの存在意義である仕事を続ける事が生きる意味だったのかなと。

多くの人が毎日行う「物を買う」という行為。これに対して、「賢い選択、賢い消費」のため情報を提供することにより「皆に喜んでもらう」。これが金子さんがしていたことだ。自分の目で見た現場の情報を集めて、まとめて、咀嚼して、わかりやすい言葉でわかりやすく伝える。それに歓びを感じ、それができる能力がありスキルも身につけ、それをやっていた。それがたまたま仕事になっていただけだ。

仕事だけではない。生前に葬儀の手配をしたり戒名や納骨の場所の選択まで。自ら取り仕切りプロデュースすることで、自分で納得のいく形で皆に喜んでもらうものを届けられる。

そうやって皆に喜んでもらう事をし続けることが金子さんにとって自分らしく生きることだった。そして、それが金子さんの病気に対する闘いであり、病気によって自分の生き方が妨げられないこと、それが最後の目標になっていたんだと思う。そしてそれを、奥さんや、病気の事を知っている極僅かな人たちの支えもあって完遂した。

最後にベッドから起きられない状態になり、「自殺したい」と呟く気持ちもなんとなくわかる。人に喜びを与えることが難しくなってきたのもそうだが、奥さんにこれ以上迷惑をかけられない・かけたくないという気持ちからだろう。

おそらくご本人が最後に綴られたであろう部分。

自分の人生を選択してきたつもりだったが、最後の最後になって、終りの瞬間を選べないとは。 でもいい。 自分は最後まで、自分に正直に生きてきた。濃い人生だった。そのことを、誇りに思う。


短かったけど、ほぼ満足の人生。それを達成させてもらえたのは家族の支えがあってこそだと思う。立派だと思うし、そのサポートを得られたのは羨ましくもある。

そして、この作品には、その金子哲雄さんの最後を支え続けた奥さん(金子稚子さん)のあとがきが添えられている。そしてこのあとがきのお陰でこの作品に立体感がでていると感じる。別の視点でみた金子さんの闘い。そしてその後。

アーモンドチョコレートのエピソードは思わず自分も感情が高ぶってしまったし、本作を書くに至った経緯や、最期の日にお世話になった人たちを代わる代わる呼んでお礼を言った件など本編だけでは知ることの出来なかった別の側面が見えてくる。

最後に穏やかに逝くのを見送る場面も含めて、思い出すのは相当つらいことだったと思うのだが、こうやって共有してくれていることに感謝したい。


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